カテゴリ:双子妊娠から出産まで( 7 )

痛い。痛い。
「いたい~~~。」まさかの叫びをあげてしまった。
不覚。娘の時より痛い。
旦那も一生懸命応援してくれた。
そんな中で、「おぎゃ~」大地を出産。
看護師さんが血液を拭いてつれてきてくれた。小さくて共にお産を戦って出てきたから顔がガッツだった。笑
ほっとしたのもつかの間。先生から「二人目いくぞ。痛みがきたらいきみなさい。もし出てこなかったらこれから帝王切開だ。」と脅される。笑
私は、必死。どうか。どうか生まれてください。もう、痛いのいや。
しばらくして、痛みがきたもう一人の先生がお腹の中の子供が回転しないようにお腹の上から長まえて押している。下に行けば行くほど先生がお腹の上をガンガン押していた。
後から聞いたけど旦那は(そんなに押したら肋骨が折れるのではないかとそれが心配だった)といっていた。
大地が出てから8分後。「おぎゃ~」っと空誕生。
空は大地が通ってきた産道を余裕で通ってきたので「うわ~綺麗なあかちゃん」と思うほど顔がつぶれていなかった。
二人とも看護婦さんがむねの上に連れてきてカンガルーケアをしてくれた。
「いらっしゃい。よろしくね」小さな手を握って握手した。
子の子達が私のお腹にいたんだ。あったかいな。
やっと合えた。いろんな出来事が走馬灯のように横切った。
涙がでた。いろんな思いをして今日を迎えた。本当によかった。
ふと上を見ると私より号泣している旦那さん。
たしか、この人結婚式にも私より号泣してたっけ。立会い拒んでいた人がこんなに泣けるんだなぁ。なんて思ったりして。
看護師のSさんや他の看護婦さんも駆け込んできてくれた。
「おめでとう。なんだよぉ。もう少し待っててくれれば立ち会えたのに。」って。
みんな、握手してくれた。「○○さんの出産の一方を聞いてナース室は大騒ぎだったよ」って。
先生と戦っていたから有名だったらしい。笑
haruも看護師さんたちに有名で、haruちゃんは立ち会わなかったの?
と心配してくれた。
本当は立ち合わせたかったんだけど間に合わなかった。
看護師さんがharuの到着を分娩室で待って弟達を抱かせてあげれば?と提案してくれた。
40分ほどたってharuやジーバーが到着。
初めての対面。haruは緊張して頬が赤らんでいた。
「赤ちゃん。よろしくね。」ってびくびくしながら抱っこしていた。
haruに兄弟を作ってあげられて良かった。年は、離れてしまったけれど同じ血が通う兄弟をクリスマスにプレゼントしてあげることができた。
お産にかかわってくれた皆に感謝した。

双子のためかなりの出血があり、その後は本当に大変でした。
はじめての双子育児。不安でいっぱい。
体は、相変わらず全体が痛くて痛くてばらばらになりそうな感じだった。
そんな体で二人を授乳するのは必死だった。
実家も自営だし、旦那も仕事が帰りが遅い。
娘もいる。
何度も書くけど本当に必死な日々。

そして・・・1年なんとか皆の力を借りて誕生日を迎えることができました。
やれば、できる・・・かな?
これからも、大変なことはあるけれど
娘に言った。
楽しいことは3倍。悲しいことは3分の1だよ。
家族が力を合わせていることが私にとって本当に嬉しい。

最後に。
がんばって育児を助けてくれる旦那さま。ありがとう。
兄弟をかわいがってくれているおねえ。ありがとう。
サポートを忙しい中してくれるジーバー弟。ありがとう。

・・・ということでお産のレポート終わりです。
まだまだいろいろあったけど、私にはいろんな経験ができてよかったです。
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私は、実は20日の日になんちゃってお産を経験していた。
夜中に陣痛が起きて旦那まで来てもらったのに明け方陣痛がおさまってしまった。
私は、産みたい気持ちが強かったけれど『産む』というより正直体の調子が悪くて悪くてどうしていいのかわからなかったのを覚えている。
数日前に担当医からお産のきっかけになるように内膜剥離をされていた。だから、そこからばい菌が入って熱がでたのだと自分は思った。
看護師さんやっと来たと思ったら「個室にお部屋を移動します。インフルエンザの疑いもあるので・・・」「えっ?・・・えっ???今?今?移動?」
この調子が最悪で陣痛が強くなっている今、無理やり部屋移動を命じられる。涙
他の人にうつってしまったら困ると言うことなのだ。
お腹の痛みが強くて看護師さんがすべて私の荷物を移動。私も、ベッドのまま動かされる。
お部屋の皆も心配してくれた。
タダでさえ昨晩泣いてオセンチだったのに、不安倍増。
かなり陣痛も強くなってきた。
私は、娘を出産経験している。その時だって「強い!」と褒められた方だ。
でもね。でも。双子の出産はすさまじく痛かった。気のせい?笑
あまりの痛さに、今日は間違いなくお産になると確信した。
 個室に入って助産婦さんも入ってきた。NSTをつけてくれようとしているけど二人が凄く動くものだからつかまらないらしい。
「あれ?おかしいな・おかしいな。」永延3~40分やっていた気がする。
その間に私は痛みが強くなっていた。先生も来た。
「○○さん。もう、これは帝王切開しかないよ。赤ちゃんのことを思ったらいいね。」
そういわれた。私も、ここまで先生と普通分娩で!!と戦ってきたが(看護師さんを味方につけて戦った。)子供のためなら仕方ないと「はい。お願いします」と答えた。
看護師さんも走り回っている。緊急オペになるからだ。
主人を呼ぶのも忘れられそうだった。私が「主人に電話してくれましたか?」ってきいたからよかったけどぉ・・・。
看護師さんがまた来た。「オペ室があかないの。あと40分はかかってしまうから」
私は陣痛と戦っていて返事が出来ないほどだった。(個々まで痛いのに帝王切開。そして、これから40分も?がまんするの?)
そんなことを思っていたら。パツン。という音がした。
コレは産道が開いた音。破水した!!と判った。
看護師さんにその旨伝えたけど「大丈夫。してないから。待ってて待ってて」といって内診もしてくれない。私は絶対にしていると確信があった。
飛び込んできた旦那をつかまえて「先生よんできて直接みてもらうから。」と叫んだ。
偶然、担当医が入ってきて「どう?痛そうだねぇ。内診一様してみるか・・・・」
「先生、私破水してますよ」「どれどれ・・・・ ! なんだ、看護師。ちゃんと見てなくちゃだめじゃないか!頭でてるぞ。分娩室至急いくぞ。オペ待ってられないお産だお産だ!」
・・・やっぱり。私は、個室からドラマのようにベッドに寝かされうなりながら分娩室へ。
そのころ丁度看護師さんたちの交代の時間だったようで私の大好きなSさんが登場。
「がんばれ。もうすぐ私と交換だから」と顔を出してくれた。
Sさんは、前から私の出産に立ち会いたいといってくれていた。他の看護師さんも入院がながかったせいか暖かく見守ってくれた。
 分娩室に入った私。もう。痛みがピーク。
旦那もお産になるとは知らされず麻酔医の説明を聞かされていた。
看護師さんが旦那を呼んできてくれた。手を握ってくれてがんばれと応援してくれる。
よし、もうすぐわが子に会える。あと少し、この痛みともお別れだ。

続く
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 いや~。誕生日を迎えてよかった。と思った次の日からチビーズ発熱。汗
参りました。大地は痙攣が起こるかもしれないのでドキドキでしたが、大丈夫でした。
昨日から調子がよくなり鼻水が青竹のようですが(笑)元気です。
遅くなりましたが出産当日のことを書きたいと思います。
興味の無い方はスルーしてください。


昨晩からトイレに行くにも体中が痛くて痛くて歩くのが辛かったのを覚えている。
私には、股関節の病気があるのでそのせいだと思った。
体も、限界が近かった。動悸が強かったり、貧血でふらっとしたり。
朝起きて、朝食をとりお部屋のお友達とおしゃべりした後雑誌を読んで過ごしていた。
今日は、とっても寒い。窓がどこか開いているのかな?と思った。
熱を測ってみる、37.5だ。妊娠して初めて熱を出してしまった。お産も近いのに風邪をひいてしまったのか。不安になる。
看護婦さんがお昼の検診に来てくれたときに相談しよう。なんてのん気に構えていた。
2ヶ月も入院していると少しのことで看護師さんの仕事を増やさないように・・・なんて気をつかってしまう。笑
でも、どんどん体が寒くて震えてくるのがわかった。お昼の食事もほどんど食べられなかった。
検診を待たずに看護師さんに相談。最後に測った時は39度になっていた。
その日担当だった看護師さん。どうやら新人さん?ぽかった。
私が双子妊婦だったこと。熱が39度あったこと。陣痛が始まっていそうだったこと。
すべてにあわてているのが私にもわかった。
「少しまっててください」そういってなかなか帰ってこない看護師さん。
私はその間に陣痛の間隔が短くなってくるのがわかっていた。
今日、お産になりそう。

つづく
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双子妊娠から出産までのカテゴリーで、お誕生日までに書き終わりにしようと思っていましたが、大地さんの異常なマークになかなかパソコンに向っている時間ができませんでした。
ミシンもやってないよぉ。涙
なので、去年の今日の話。



そう、クリスマスイヴ。
10月の後半から入院している私には窓から見える景色が少しづつ冬景色に変わるたび
『取り残されてる』そんな寂しい気持ちになりました。
お腹ももうパンパン。貧血がひどいせいか、動悸も強かった。
担当医とはウマが合わず、帝王切開を進められていた。
でも、私は自然で産みたい。今になると不思議だけど凄いこだわりを持っていたのです。
来週まで生まれなかったら帝王切開されるかも。と焦っていたのを覚えている。
 夕方、病院にチキンとケーキを持って旦那とharuがきてくれた。
haruもその頃は寂しくて来るたびに良く抱きついていたのを覚えています。
面会ルームで看護婦さんの目を盗みパーティー。笑(看護婦さん黙認してくれてたみたい。)
数時間楽しんで病室に帰ると、夕ご飯が置いてあってしょぼ~いクリスマスディナーでした。
あの時、一緒にケーキ食べた仲間達も今ではいいお母さんですね。
そして、あっという間に消灯。
急に心細くなり一人で泣いていたのでした。
「そろそろ出てきて。お母さんあいたい。早くしてくれないとお母さん困っちゃう。」
お腹をナデナデしながら子宮の下のほうにいる子に話しかけました。
今思うと、大地です。甘えん坊ですから、なるほど出てこないハズです。笑
それから、夜中に急に体中が痛くなりトイレに行くのも辛かったのを覚えてる。
骨盤がひらいてきたのかもしれませんね。
次の日お産できるとは知らずに・・・。
続く
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 前日に入院して、手術を受けることになりました。
もしかして、奇跡がおこるんじゃ・・・・そんな気持ちでいっぱい。
でも、お腹の赤ちゃんは動きませんでした。
悲しくて、切なくて不安な気持ちで一晩過ごし次の日に手術。
手術は、私の胸の悲しみとは関係なく時間になって始まり、先生や看護婦さんの慣れた空気の中行われました。
「薬がはいりますね。」その言葉を最後に意識がなくなりました。
 目が覚めて、もうろうとしながらお腹に手をやりました。
「もう、いなくなっちゃったのね。」・・・涙が止まりませんでした。
目を窓に向けるとそこは、憎らしいくらいの小春日和。
草花も、何もかもが生命力いっぱいの季節。でも、私の赤ちゃんは生きていくことができなかった。
体が普通に戻るまでには2週間くらいかかりました。
でも、ココロはこれから数年傷ついたまま・・・。
いろんな周りの言葉が私の胸につきささります。
「早くしないと上と離れちゃうよ。」
「治療なんかするから、駄目になっちゃったんじゃないの?普通が一番よ。」
「一人っ子じゃかわいそう」
言われるたびに、一人で泣いたのを覚えています。
その頃には、周りの人の妊娠を心からは喜べなくなっている自分がいました。
人のことを喜べない自分が嫌い。苦しかった。
ココロのストレスを強く感じて、数年妊娠できなくなっていました。
 もう、いいや。・・・よくないけどそう思って仕事をしよう。
そして、久々の社会復帰をしました。
つづく・・・。
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 haruが産まれてから1年半くらいたってそろそろ下の子がほしいと思っていました。
haruのときも、妊娠したいと感じてから数ヶ月かかったから早めに考え始めないと・・・と思ったからです。
でも、1年たっても妊娠できませんでした。そうだ、治療してみようかな。
そう思って通いだした病院。治療してほんの少したったら待望の妊娠を確認しました。
でも、早期の自然流産。少し遅れた生理みたいに過ぎ去っていきました。
そして、治療初めて二回目の妊娠。今度こそ!!!
嬉しくて嬉しくて、haruもおねえちゃんになることを喜んでくれました。
でも、赤ちゃんが大きくなってきているのに羊水が入っている袋が大きくなれません。
「もしかして、流産の危険性がある」と先生に言われてしまいました。
えっ。まさか、私は流産なんてしないよ。おなかに宿れば絶対に育つ。
そんなのん気な考えがありました。笑
 絶対安静の1ヶ月を過ごしました。悪阻がひどくて食べられない日々。
なのに、ある日突然おなかいっぱいご飯を食べている自分にハッとしました。
もしかして、今日お腹の赤ちゃんはお空に旅だってしまったかもしれない。
haruも「お腹の男の子いなくなっちゃったね」って・・・。
次の日検診に行ってみると、haruの言葉は的中。ケイリュウ流産をしていました。
赤ちゃんは、動かないでじーっとしていました。
先生からは早めに処置をした方が言いといわれましたが、すぐには受け止められずにOPは一週間後にしてもらいました。そう、忘れもしない4月7日に。

つづく
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 昨年の10月17日は、管理入院した日。
こんなに日がたったんだなぁ・・・としみじみカレンダーを見ます。
入院している間、日記を書いていました。改めて読んでみると、いろいろと心配や不安でいっぱいだったみたい。
 大地と空が来るまでには私なりに努力の日々でした。
二人目不妊・・・と言うやつです。
妊娠してもなんどか流産していました。その後はいろんなことがストレスで妊娠さえ出来なかった時期がありました。
その頃はいろんな葛藤が自分の中にありました。
今は、双子育児が大変ではありますがharuと3人で笑っているところを見ると『頑張ってよかった』と思います。なにより子供達がかわいくて仕方ありません。
そんな私の日々をチビたちのお誕生日(12月25日)までにこれから、チョコチョコとつづっていこうかと思います。
手作りとはまったく関係ありません。興味の無い方はスルーしちゃってください。
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